
「ステップファミリー」になった日

今から約13年前の、2月14日。 バレンタインデーのその日、関東地方はめずらしく記録的な大雪に見舞われていました。
仕事が終わり、職場の駐車場へ向かうと、彼女が車の中で戸惑ったような表情を浮かべて座っていました。
私はその年の1月にこの職場に赴任したばかり。時折、喫煙所で彼女と顔を合わせ、二言、三言の軽い会話を交わす程度の関係でした。とても魅力的な女性だなと思っていましたが、「きっと素敵な旦那さんやご家族がいるのだろう」と勝手に思い込んでいたのです。
かたや、私は40を過ぎた独り身。どう考えても自分とは釣り合わない。そう思っていました。
「送っていこうか?」雪が繋いだ初めての会話
けれど、その日はなぜか、珍しく私の方から声をかけてみたのです。 「どうしたの?」と。
彼女は、雪の日の運転に慣れていなくて怖くて動けないでいました。 私は以前、東北に住んでいた経験があり、雪道の運転には慣れていました。「じゃあ、気軽に運転して送ろうか?」と声をかけ、彼女の車のハンドルを握ったのです。
今思えば、関東の湿った重い雪を少し舐めていたかもしれません。でも、その車中での時間が、私たちの運命を大きく変えることになりました。
移動する車の中で、初めて連絡先を交換。 そして会話の中で、彼女がシングルマザーとして、女手一つで2人の子どもを育てていることを初めて知ったのです。
「ウチで飲んでく?」と、天使たちとの出会い
無事に彼女を送り届けたのは良かったものの、帰りの公共交通機関は雪ですべてストップ。タクシーすら全く捕まらない状況になってしまいました。
雪の降る街でどうしようかと頭を悩ませていた矢先、私の携帯に彼女からお礼の電話が入りました。
「帰れないなら、ウチで飲んでく?」
その言葉に、私は内心有頂天になりながら、遠慮なく彼女の部屋へと伺うことにしました。
ドアを開けると、そこには2人の可愛い女の子が待っていました。 後に私の大切な家族、私の「娘」となってくれる2人です。当時は小学校2年生の長女と、1年生の次女でした。
みんなで楽しく食事をして、たくさん遊んで、やがて子どもたちの寝る時間になりました。 布団に入った次女が、私の顔をじっと覗き込んできました。
そして、次の瞬間に言ったのです。
「おじちゃん、パパになるの?」
この純粋で、まっすぐな一言から、我が家のすべてが始まりました。
これから綴っていく、我が家の光と影
この出会いから私たちは家族となり、それから12年後、私が53歳のときに三女の「笑みちゃん」が生まれるステップファミリーとなりました。
振り返れば、本当にたくさんの楽しいことや、辛いことがありました。
後に私自身が「ADHD(注意欠如・多動症)」であることが判明し、その特性ゆえに、大好きなみんなの心を深く傷つけていってしまったこと。
綺麗事だけではない、我が家が歩んできた激動の道のり、そして様々な大切な思い出を、これから少しずつ、このブログに書き記していきたいと思います。
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