私たちはまた捨てられるんだ!

家族としての生活を始めて3ヶ月ほどが過ぎた、5月の大型連休。

実はこの時期、私と妻は仕事先でのトラブルから同時に退職し、2人とも無職の状態でした。「家族の時間を持とう」と言えば聞こえはいいですが、実際はこれからの生活に大きな不安を抱え、時間を持て余していたのです。

そんな不安のなかでも、妻は私が以前勤めていた業界へ復帰することを望み、優しく発奮を促し続けてくれました。その支えが、当時の私は本当に嬉しかった。

そんなゴールデンウィーク、子どもたちの学校の休みを利用して、初めて私の実家へ向かうことになりました。

「新しいおじいちゃん、おばあちゃんは優しいのかな?」子どもたちの不安

北関東に住む子どもたちは、それまで旅行の経験がほとんどなかったそうで、表向きはかなり楽しみにしている様子でした。

しかし、後に聞いた話では、彼女たちの心の中は強い不安でいっぱいだったそうです。 前の父親のご実家では、子どもたちに対してかなりの嫌悪感を抱かれていたらしく、良い印象が全くなかったとのこと。

「新しいおじいちゃん、おばあちゃんはどんな人だろう?」 「優しいのかな? それとも、また嫌な思いをするのかな……」

そんな子どもたちの葛藤も、当時の私は露知らず。 実家へ着くと、「自分もついに家族を持つことができたんだ!」という高揚感から、一人でハイテンションになって空回りしていました。きっと、妻も子どもたちも戸惑っていたと思います。

幸い、機転を利かせた私の母が、お菓子やアイスクリームで子どもたちを大歓迎してくれたおかげで、娘たちも次第に笑顔を見せ、打ち解けていってくれました。

その日の夜、私の部屋に3枚の布団を敷いて、4人で横並びになって眠りました。妻から「おじいちゃん、おばあちゃんに良くしてもらって本当に嬉しかった」という言葉と共に、過去の辛い経緯を聞かされたものの、当時の私は自分の「幸せ」という感情に浸るばかりで、子どもたちの心の傷には何一つ気づけていませんでした。

「もっと私を見て!」枕投げの夜に響いた、魂の叫び

そして翌日の夜、ついに恐れていた事態が起きます。 ここ最近、私への当たりの強さが少し落ち着いていた次女の気持ちが、一気に爆発したのです。

長女と3人で、布団の上で枕投げをして遊んでいたときのことでした。 私は、いつもニコニコと親しんでくれる長女とのやり取りばかりに、つい夢中になってしまっていました。自分では次女のことも相手にしているつもりだったのですが、次女にとっては違ったのです。

「もっと私を見て! 私のこともちゃんと愛して!」

そう言いたかったのでしょう。 突然、次女が激しく泣き叫び、部屋中に響き渡る声でこう言いました。

「私たちはまた、捨てられるんだ!」

私は頭を殴られたような衝撃を受け、何が起こったのか全く理解できませんでした。 妻が泣き叫ぶ次女を必死になだめ、子どもたちが眠りについたあと、妻からその理由を教えられました。

「パパは、どうしても長女ちゃんばかりを可愛がっているように見える。次女ちゃんからすれば、同じ家族なのに、もっと私を見てほしい、愛してほしいと思っているの。あの言葉は、その寂しさの表れだよ」

その時の私には、まだ「家族に捨てられる」という恐怖を抱える小学校低学年の娘の気持ちを、本当の意味で理解してあげることができませんでした。40歳を過ぎた大人の男でありながら、あまりにも配慮が足りなかったと、今でも激しく後悔しています。

帰りたくない理由と、後に訪れる「妻の崩壊」

翌日、実家を離れて帰路につく際、次女は大泣きをしました。 「おじいちゃん、おばあちゃんの家から帰りたくない!」と。

今思えば、北関東の自宅に戻ることは、彼女にとって「いつまた見捨てられるか分からない、張り詰めた日常」へと引き戻される恐怖そのものだったのかもしれません。

見かねた妻の機転で、帰りの道中にある温泉宿に急遽1泊することになりました。そこでは次女の気持ちも晴れたのか、ようやくいつもの笑顔が戻ってくれました。本当に、妻の優しさと気配りには感謝しかありませんでした。

しかし、後になって知ることになります。 この頃から妻は、「夫が子どもたちを嫌いにならないように、気に入らなくならないように」と、私の見えないところで、すり減るほど凄まじい気を使い続けていたのです。

そしてこの無理が、後に妻の心を完全に壊してしまう引き金となっていきます。

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