
次女が始めた「お試し」行為

出会ってから1週間ほどが経った頃、私は彼女たちの住むアパートで一緒に暮らし始めました。「同居」というよりは、私が転がり込んだという表現の方がぴったりかもしれません。
仕事が終わって家に帰ると、「パパ、おかえり!」と歓迎してくれる家族がいる。それは私にとって、人生で初めての経験でした。
それまでは実家で親が待っているだけだった我が家。けれど「子どもたちが待っている」と思うと、一日でも一刻でも早く家に帰りたいという気持ちが、日を追うごとに大きくなっていきました。
突然変わってしまった、次女の態度
しかし、そんな幸せな日々のなかで、少しずつ次女の態度が変わり始めました。 ふとした瞬間に突然怒り出したり、私に激しく当たってきたりするようになったのです。
困惑する私に、妻は言いました。 「次女なりに、パパを『お試し』しているんだよ」と。
「この人は、本当に私たちのことをずっと大事にしてくれるの?」 「また、いなくなっちゃったりしない?」
わずか6歳だった次女は、彼女なりに必死に悩み、傷つくのを恐れて防衛線を張っていたのだと思います。 ですが、当時の私にはその心理が全く理解できませんでした。「初めはあんなに歓迎してくれたのに、なぜこの子はこんなに私に突っかかってくるのだろう」と、不満ばかりが募っていったのです。
気づけば私は、そんな次女のことを「扱いづらい存在」として捉えるようになってしまっていました。
長女の笑顔の裏にあった「生きるための世渡り術」
それに比べて、小学校2年生の長女はいつもニコニコと私に親しんでくれました。そのため、私はいつの間にか、手のかからない長女の方ばかりを可愛がるようになっていきます。
しかし、その長女の笑顔こそ、彼女なりの「世渡り術(気遣い)」だったのです。
まだ7歳の小さな女の子が、大人の顔色を必死にうかがい、気に入られようと無理をして笑っていた。当時の私には、その健気な無理が完全に見落とされていました。
きっと、お姉ちゃんも妹も心のどこかで、 「この新しいパパに気に入られないと、私たちはここで生活できない、生きていけない」 と、幼いながらに恐怖を感じていたのでしょう。
私の目に映っていた平和な光景の裏側は、彼女たちにとって、いつ見捨てられるか分からない「張り詰めた日々の始まり」だったのかもしれません。
知らぬ間に深まっていた、家族の溝
そんな子どもたちの張り裂けそうな本心にも気づかず、私はただ「家族を持てた」「パパになれた」という表面的な嬉しさに浸り、一人で浮かれていました。
いま振り返れば、あの幸せ絶頂だと思い込んでいた時期から、すでに家族の決定的な溝は生まれつつあったのです。
そして、一緒に暮らし始めて3ヶ月が経った頃。 ついに、小さな胸に限界を迎えた次女の気持ちが、一気に爆発することになります。

