
三女が我が家にやってくるまで

2人の娘たちも大きくなり、長女は遠く離れた大学へ進学。次女も希望する大学への進学に向けて猛勉強中だった、風薫る皐月(5月)のとある日。我が家に三女が生まれました。
高齢出産、そして帝王切開。命がけで産んでくれた妻には、本当に感謝しかありません。
この奇跡のような出産の裏には、今振り返っても驚きに満ちた、私たちの「始まりの物語」がありました。
夫婦2人きりの旅行、そして「まさか」の妊娠判明
当時、私は長年勤めた会社を早期退職し、次の会社へ転職するまでの間に1ヶ月間の休みがありました。その期間を利用して、妻が「夫婦2人きりの旅行」を計画してくれたのです。
出会ってからこれまで、旅行といえば家族4人で行くのが当たり前。そんな中で、妻はずっと「夫婦2人での旅行」を夢見てくれていたそうです。おそらく、その特別な旅行中に三女を授かったのだと思います。
旅行からしばらくして、元々生理不順のあった妻が「なかなか生理が来ない」と言い出しました。 「若い頃に働きすぎたから、43歳でもう上がっちゃったのかな?」なんて冗談交じりに話していた数日後、妻が妊娠検査薬を手に私の方に近づいてきました。
「妊娠した!」
その言葉を聞いた瞬間、私は言葉を失うほど驚きました。
実は結婚して2年が経った頃、私は前立腺肥大の摘出手術を受けていました。当時、医師からは「今後、子どもはできなくなりますが大丈夫ですか?」と言われていたため、私たちは新しい命を授かることを完全に諦めていたのです。
53歳と43歳の両親。喜びの裏にあった大きな不安
まさかの妊娠。父親が53歳、母親が43歳。上の娘たちとは20歳近く年の離れた妹になります。
当時の私は、正直に言うと嬉しい反面、とてつもない不安に襲われていました。
「無事に生まれてきてくれるだろうか?」
「多感な時期の娘たちはどう思うだろう?」
「これから成人するまで育てるためのお金は足りるだろうか?」
しかし、そんな私を支えてくれたのは、やはり妻の強さでした。
「高齢出産のリスクで、生まれてくる子どもにどんな障害があろうとも、授かった命だから絶対に産む。育てる。だって、パパとの子どもだから」
その凄まじいまでの覚悟に、どれほど救われたか分かりません。
平穏な日々の終わり、そして緊急入院へ
出産は帝王切開となるため、日付は覚えやすい「6月6日」の6並びの日に決まりました。 あとはその日を無事に迎えるだけ。そう願っていたのですが、出産予定日の1ヶ月前、ゴールデンウィーク明けの診察で状況は一変します。
実は妊娠初期の段階から、妻には「脱落膜ポリープ」があることが指摘されていました。これまでなるべく無理をせず、自宅で安静に過ごしてきたのですが、ついに身体が限界を迎えてしまったのです。
妻はその場で緊急入院となり、病院のベッドの上で、さらに張り詰めた安静の日々を送ることとなりました。
保育器の中で対面した我が子、溢れ出た涙
そうして様々なリスクを抱えながら、緊迫の入院生活を経て、ついに迎えた出産の瞬間。
三女との初めての面会は、出産日の夕方のことでした。 いくつもの医療用機械に囲まれ、小さな保育器の中で静かに横たわる我が子の姿を見た瞬間。
張り詰めていた糸が切れたかのように、私の目からは、知らぬ間に涙がボロボロと溢れ出て止まらなくなっていました。
ようこそ、我が家へ。生まれてきてくれて、本当にありがとう。
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高齢出産の不安と「命を産む」と決めた妻の覚悟
