
高齢出産の不安と「命を産む」と決めた妻の覚悟

三女・笑みちゃんを授かったとき、妻は当初から大きな不安を訴えていました。 お互いに高齢であること、子どもが障害を抱えて生まれてくるのではないかという恐怖、そして近隣のクリニックでの出産で本当に大丈夫なのだろうかという迷い……。
気丈に振る舞ってはいましたが、妻の心の中は計り知れない不安でいっぱいだったはずです。
そんな時、たまたまクリニックに手伝いに来ていた大学病院の先生との出会いがあり、紹介状を書いていただいて大学病院へ転院することになりました。
「流産の恐怖」の裏にあった、妻の命の危機
大学病院を受診した際に見つかったのが、あの「脱落膜ポリープ」でした。
切除すれば、流産の危険性が高まる。 切除しなければ、少量とはいえ出産まで出血が続く。
切除しなければ、少量とはいえ出産まで出血が続く。
医師からそう告げられた時、当時の私は「流産してしまったら困る」と、そればかりを考えていました。出産まで出血が続くということが、どれほど妻の生命に危険を及ぼすか……そこまで頭が回っていなかったのです。
妻の身体と気持ちを本当に汲んであげられていなかったことは、今でもずっと後悔しています。
「絶対に産む」遺伝子検査と、妻の強い覚悟
その後、大学病院で10万円という大きなお金がかかる「遺伝子検査」を受けるかどうかの選択を迫られました。
「もし何らかの問題があると判定されたらどうするのか?」
「それでも出産するのか? それとも……」
「いっそ、検査自体をしない方がいいのではないか?」
私の心の中は、葛藤と不安でぐるぐると渦巻いていました。しかし、妻は違いました。本当に強かったのです。
「障害があることが分かったとしたら、その障害にどう向き合っていくか準備ができる。障害があるからと言っておろすことは絶対にない。授かった命は絶対に産む。」
妻のその言葉は、決して逃げないという強い「覚悟」の表れでした。裏を返せば、それほどまでに強い不安と戦っていたのだと思います。今だから心から言えます。奥さん、いや「お母さん」という存在は、本当に強いです。
幸いにも遺伝子検査の結果は「問題なし」。その報告を聞いた瞬間、心から安堵したのでしょう、妻の目には涙が浮かんでいました。
窓越しの世界と、長い長い1週間
しかし、その後も不安を抱えたままの妊娠生活は続きます。 突然の緊急入院から1ヶ月。病室でたった1人、窓の外を眺めながら過ごす妻の気持ちは、不安と寂しさで押しつぶされそうになっていたようです。
救いだったのは、妻が入院した週から病棟での面会が再開されたことでした。 それでも面会は週に1回だけ。妻にとっても私にとっても、次の面会までの1週間はとてつもなく長く、自宅で待つ次女にとっては、大好きなママに会えない長い長い1ヶ月でした。
家族みんながそれぞれの場所で不安な日々を乗り越え、ついに、出産の時を迎えます。
「生まれてひと声泣いて、すぐに止まった」
手術室の前で待ち続けること、約2時間。 ようやく手術室から出てきて最初に会えたのは、三女ではなく、妻でした。
移動用のベットに横たわった妻は、開口一番に私に尋ねました。
「赤ちゃんに会った?」
「いや、まだだよ」
私のその返事を聞いて、妻は「何かが起きたんだ。パパは私に隠しているのでは……」と激しい不安に襲われたそうです。なぜなら、妻は手術室での異変を感じ取っていたからでした。
「生まれてひと声だけ泣いて、すぐに泣き声が止まったの。看護師さんたちが慌てて、上の階(NICU)へ連れて行ってしまった……」
妻のその言葉に、私の心臓もドクンと大きく跳ね上がり、強い不安に包まれました。
その後、看護師さんが私の元へやってきてこう告げました。 「赤ちゃん、生まれてすぐにうまく呼吸ができなかったので、今先生方が対応しています。今は落ち着いてきていますからね。」
その言葉を聞いた瞬間、私は激しく動揺しました。 「本当に大丈夫なのか……?」と、頭の中が真っ白になったことを覚えています。

