【夢を追う長女の物語】遠回りの末に見つけた道。 - Becoming a Father

娘達と家族になったばかりの頃。 長女の夢は 「パティシエになること」 でした。ちょうどその頃、お友達から借りて読んでいた本の影響だったようです。

その後、自ら本屋さんに通う中で出会ったのが 『牛のお医者さん』 という一冊の本。

楽しそうに本の内容を教えてくれる娘は、やがて「将来は牛のお医者さんになりたい」と話すようになりました。

「お医者さんになりたい」娘の決意と、親の想い

そんな彼女の夢が大きく変わったのは、しばらく経った頃のことです。

「人間のお医者さんになりたい。勉強がしたい」

次女が病気で何度も病院に通う姿を見る中で、彼女の中で何か大きな変化があったのかもしれません。

親である私はといえば、お世辞にも高学歴とは言えない大学を卒業。妻は家庭の事情で進学した高校を1年で退学していました。 「自分たちと違って、娘の夢はなんとか叶えてあげたい」——そう思った私達は、塾に通うことを提案しました。

娘は 「塾へ行く!頑張る!」 と、本当に嬉しそうにはじける笑顔を見せてくれました。

妻が色々と調べてくれた結果、同じ塾でも田舎の地元より、車で1時間ほどかかる「街中の塾」の方が生徒のレベルも高く刺激になると判明。こうして、片道1時間の通塾生活がスタートしました。

基本、行きは妻が送り、帰りは仕事終わりの私がお迎えへ。 次女の習い事なども重なるようになると、しっかり者の長女は行きに一人でバスに乗って通うようにもなりました。

春休みや夏休みの特別講習も休まず通う姿を見て、私は「本当によく頑張ってるなぁ」と誇らしく感心していたのです。

5年生の夏期講習。「宿題をやっていない」というSOS

しかし、小学5年生の夏期講習が終わる頃、塾から一本の電話が入ります。

「長女さんが、宿題を全くと言ってよいほどやっていません」

驚いて夫婦で長女と話し合おうとすると、彼女は「宿題なんて出ていない!」と怒り出す始末。 妻がカバンの中を確認すると、手つかずの課題プリントがごっそりと出てきました。

その後、妻がじっくりと娘から話を聞いたことで、衝撃の事実が分かります。

彼女は、塾の勉強についていけず、深く苦しんでいたのです。

親が高いお金を出して塾に通わせてくれているから「辞めたい」と言えず。 その反面「お医者さんになりたい」という夢も捨てきれず、幼い心で必死に一人で抱え込んで悩んでいました。

私はその苦しみに全く気付いていませんでした。 塾の帰りにコンビニに寄り、菓子パンや肉まんを買ってあげる時の「パパがお迎えの時は色々買ってもらえるから嬉しい!」という無邪気な言葉に満足し、「頑張っているな」と表面しか見ていなかったのです。

親として反省した私たちは、こう伝えました。

「お医者さんになるための勉強は、中学や高校に行ってからでも間に合うよ。今は基礎をしっかり勉強しようね」

少しでも心に余裕が持てるよう、塾のペースを落とすことにしました。

「やっぱり私は、牛のお医者さんになる」

それから少し経った頃、長女から「話がある」と打ち明けられました。

「人間のお医者さんになりたいけど、塾の勉強についていけない。やっぱり私は、牛のお医者さんになる」

どんな形であれ、自分で考えて夢を持つことは素晴らしいことです。 私達夫婦は彼女の気持ちを一番に尊重し、「応援するから頑張ってね!」と背中を押しました。

中学受験、いじめ、高校中退……いくつもの壁を越えて

その後、彼女の道のりは決して平坦ではありませんでした。

中学受験を経て進学したものの、高校2年の2学期にいじめに遭い、高校を中退することになってしまったのです。

しかし、彼女は諦めませんでした。 自ら通信制高校を選んで再スタートを切り、無事に卒業までたどり着いてくれました。

そして迎えた大学受験。 流石に「牛のお医者さん」になるための獣医学部への合格は叶いませんでしたが、彼女は「酪農の大学の農学部」に見事合格。

現在は、大好きな牛に携わる勉強を一生懸命に励んでいます。

おわりに

振り返れば遠回りばかりの道だったかもしれません。 でも彼女は今、「幼い頃に自分で初めて考えて『なりたい』と願った、牛に携わる仕事」という夢に向かって、まっすぐに歩んでいます。

迷いながらも立ち止まり、傷つきながらも自分の足で進んでいく娘の姿を、これからも一番近くで応援していきたいと思います。

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