
エスカレートする理不尽

次女への「いじめ」は、時が経つにつれてさらにエスカレートしていきました。
ある日、次女が学校で使っていた鉛筆が、他の同級生たちの持っているものと同じだということでトラブルになりました。それは、以前クラスから転校していった子がみんなにプレゼントした鉛筆だったそうです。
クラスのこどもたちは「その時期にいなかった次女が、同じものを持っているはずがない。誰かから盗んだんだ」と決めつけました。 しかし、その鉛筆は、次女が前の学校を転校する際、あちらのお友達から偶然プレゼントされたものだったのです。
そんな子どもたちの言い分だけを鵜呑みにし、あろうことか担任の先生までもが、次女を「泥棒」扱いしました。これほど理不尽で、悔しい冤罪があるでしょうか。
「お友達」の裏切りと、夜の謝罪
そんな孤独な状況のなかでも、次女に仲良くしてくれるお友達ができたようでした。 ある日、そのお友達たちが我が家に遊びに来てくれたのですが、彼女たちが帰ったあと、次女の大切にしていた文房具がいくつか無くなっていることに気づきました。
真相は、遊びに来ていたこどもたちが次女の文房具を盗み、あろうことか帰りの道端へ投げ捨てていたのです。その中のひとりの子が罪悪感に耐えかねて親御さんに話し、すべてが発覚しました。
その日の夜、盗んだ子の親御さんが我が家へ謝罪にやってきました。 私の心の中は、もの凄く複雑でした。大切なわが子が傷つけられ、物を盗まれて捨てられたのです。ただ頭を下げて謝られたからといって、「はい、分かりました」と簡単に水に流せるような心境には、到底なれませんでした。
学校へ相談するだけ無駄だった。教頭の信じられない一言
その後もいじめは収まらず、次女は男の子からなんども背中を叩かれたり、執拗な仲間外れにされたりと、何度も何度も悔し涙を流しました。
私たちは何度も学校へ相談に足を運びました。しかし、学校側はまともに取り合おうとはしませんでした。 対応した教頭先生は、被害者である私たちに向かって、今でも信じられないような言葉を放ったのです。
「お母さん、今お仕事はされていますか? ……してないから、家で色々と余計な不安なことを考えてしまうんですよ。外に出て働いた方が良いですよ」
いじめの事実から目を背け、まるで母親の被害妄想であるかのように片付けようとする態度。何度も掛け合いましたが、「この学校に相談するだけ無駄だ」と痛感させられるだけでした。
悔しくてたまらず、弁護士の先生にも相談しました。一時は裁判を起こす方向で準備を進めたりもしましたが、法的な手続きは遅々として進まず、現実的な負担の大きさから、結局は取りやめることになりました。
「学校へ行かなくていい」家を心の避難所に
一番悔しくて、傷ついていたのは、間違いなく次女本人でした。 やがて次女は、ぽつりと「学校へは行きたくない」と言い出しました。
妻も私も、「学校へ行きなさい」とは口が裂けても言えませんでした。今の次女には、理不尽な戦場のような場所から離れ、しばらく家でゆっくりと心を休ませる時間が必要だ、と確信していたからです。
そして同時に、我が子を命がけで守ろうと最前線で闘い、学校から無神経な言葉をぶつけられた妻の悔しさもまた、限界に達していました。
今振り返れば、家族のためにずっと張り詰め、無理をして笑っていた妻の心に、この頃から決定的な「異変」の影が忍び寄っていたのかもしれません。

